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アメリカ回顧録 1992年#6

アメリカプロ野球でのスタートは、アリゾナでのExtended Spring Training (春のオープン戦のルーキー選手用の場)でした。このエクスデッドSTは、5月にドラフトがあるアメリカならではの仕組みで、ルーキーリーグ開幕までの間、ルーキーに配属になる選手たちが実践の経験を積む場所になっています。マイナーリーグでの階級が多いアメリカならではの教育リーグになっています。


マイナーリーグには、大きく分けて4階級に分かれています。下からルーキー、シングルA,
ダブルA、トリプルA、となります。実際には、シングルAには3段階あり、下からショートシーズン・シングルA、シングルA、アドバンス・シングルA、の3つに分けられています。日本では、基本的に二軍しかありませんから、このマイナー組織の違いは、僕にとってはとても新鮮でした。日本流に2軍、3軍という言い方にすれば、アメリカのマイナーは、ルーキーが7軍で3Aが2軍ということになります。


アメリカでは、基本的にこの7軍からメジャーを目指すことになります。審判は、原則全員7軍スタートで、3Aに上がるまでマイナーリーグ審判を専門に見るスーパーバイザーに年に3回抜き打ちで査定される結果によるランキングによって翌年の行き場が決まるのです。そのクラスでのランキングが上位の者が昇格し、中位の者は、そのクラスでもう1年、下位の中からは、場合によっては解雇ということになります。


毎年20人から40人ぐらいルーキーリーグに新人審判が入ってきます。と同時に同じ数の各クラス審判が解雇されているということになります。常に競争を強いられている凄い世界になっています。平均すると大体同期審判のうち1人程度がメジャー審判になれるような確率だということです。プロの場合、このような競争はある意味当たり前だと思います。このようなところから”ハングリー精神”が生まれているのです。


日本では、今シーズンソフトバンクが圧倒的な強さでパリーグでの優勝を決めました。ソフトバンクには、3軍があり、チームを作れるだけの育成選手がいます。そのチームで、独立リーグや韓国に行って、多くの試合をこなしているそうです。ソフトバンクは、選手層が厚いようにみえます。二軍の選手が言っているそうです。『常に3軍に落とされる危機感を持っている。』もしかしたら、ソフトバンクの強さは、このようなところから生まれているハングリー精神からくるのかも知れません。

■1992年秋のアリゾナ教育リーグでの写真です。ルーキーリーグ時代ということになります。
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