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アメリカ回顧録1992年#5

無事に審判学校を卒業し、ステップでは英語が全然使うことが出来なかったのにも関わらず何とかルーキーリーグのアリゾナリーグへの配属が決まりました。アメリカのマイナーリーグの事について少し説明しておきます。日本の二軍にあたる場所がマイナーリーグで、アメリカには、ルーキーリーグが一番下で審判は、皆このルーキーリーグからスタートします。


純粋なルーキーリーグは、僕が1992年、最初に配属になったアリゾナリーグとフロリダ州で行われているガルフコーストリーグの2つがあります。この2つのルーキーリーグは、他のマイナーリーグと環境が大きく違っていて、一言でいうと本当に教育がメインのリーグということが出来ると思います。


まず、プロ野球なのに有料入場者(観客)がいないリーグです。球場は、メジャーのオープン戦を行う施設の一角を使って試合が行われます。メジャーが試合を行うメイン球場は使わず、スタンドも簡易的な客席が50人分ほど。お金は取らないのでタダなのですが、屋根もなく、ほとんどがデイゲームで行われるので、見に来てくれるのは、選手の家族や関係者だけです。


このルーキーリーグは、シーズンの機関が短く、開幕は6月後半になります。これは、アメリカの学校卒業時期に合わせていて、当然高校や大学などを卒業して入ってくる選手が多いので、その新人たちのためのリーグということになると思います。終了は、8月末から9月初めと、2か月半ほどの短いリーグとなっています。


このリーグの特徴は、アメリカ野球への導入リーグとでもいえばよいのでしょうか、右も左もわからない外国人審判や選手にとっては、格好の教育の場であるといっても過言ではないと思います。選手を見ても、十代の外国人選手がとても多いのが特徴です。僕にとっては、”仲間”が多くて安心したものです。英語がまだあまり上手に話せない選手がたくさんいました。ベンチ前で行っていた試合後のミーティングでも、監督などが、「英会話教室に出る者は、5時に集合!」などという声をよく聞きました。


何と言ってもリーキーリーグは、ほぼ夏の期間だけ行われています。場所もアリゾナとフロリダという灼熱の地となっています。ほぼデイゲームで行われているので、とても”暑い”リーグということが容易に想像できると思います。アリゾナリーグを"Fire League" 火のリーグ、ガルフコーストリーグを"Gulf Roast League"ガルフ焼かれるリーグと呼ばれていました。


このような過酷なリーグなので、1シーズンで卒業できるように皆頑張っています。1年目のシーズンは、プロ野球で審判をしているという実感があまりわかないリーキーリーグで凄しました。

■ルーキーリーグが行われている球場の一つ、アリゾナ州テンピ
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