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初めての審判学校(1992年)

前年にジム・エバンス審判学校に体験入学し、予定通り1992年1月に審判学校に正式入学しました。といって特別に条件は厳しいわけではありません。入学の条件は、高校卒業程度の学力を証明するもの、矯正視力が1.0以上、審判活動するうえで必要な健康な身体、とこのぐらいの条件だったと思います。もちろん、国籍は、問われません!


前年も一緒に体験入学した名古屋の鬼頭修さんと一緒に留学しました。鬼頭さんと一緒だったので。どれだけ心強かったか。宿舎での部屋も一緒だったので、起きてから寝るまで審判のことだけ考えることができる環境に自然になっていました。さらにラッキーだったのが、僕がこの数年前に受験したパリーグから若手審判4名をこの時に研修の為派遣していたのでした。日本人が総勢6名、ジムも気を利かせて通訳(ジョン・ラーセン)を雇ってくれていました。英語のことが一番不安であっただけに精神的にすごく楽になったことをよく覚えています。


そんな好条件の中、審判学校が始まりました。覚悟はしていましたが、ここにいる100人ほどの生徒たちは、ほとんどがメジャーリーグ審判を目指しているのです。始めから全てが競争でした。移動の際は常に駆け足、少しでもライバルより先に行ってインストラクターに自分を印象付けようと皆必死です。こんなところで遠慮なんかしていたら自分だけ残されてしまいます。go-stop-call の練習などでもだんだん駆け足から全力疾走に近いぐらいになっていきます。人生の中で、こんなにあからさまな競争の中に入ったのは初めての経験でした。でも、なぜかそのような環境下にいることを楽しんでいる自分がいました。こんなところからも審判学校では、これから先長い間続くメジャー審判への競争を生き抜いていけるだけの適性があるかどうかを、この審判学校で知ることが出来るのです。


そんな質資が自分にもありそうだと知ることが出来た、そんな初めての審判学校スタートだったのです。

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