aspotaトップサイトマップ

« 2014年11月 | メイン | 2015年02月 »

2015年01月 アーカイブ

2015年01月07日

初めての審判学校 Jim Evans Academy of Professional Umpiring

僕が初めて審判学校に留学したのは、1992年。当時3校あったMLB公認審判学校の一つである Jim Evans Academy of Professional Umpiring (通称ジム・エバンス審判学校)に入学しました。1月正月明けぐらいに渡米し、2月10日ごろまでの5週間、毎日朝8時から夕方5時ぐらいまで月曜日から土曜日の毎日みっちりとマスクの持ち方、つけ方外し方、インジケーターの使い方、から2人制審判のフォーメーション、ホームプレート・ミーティングの行い方、抗議への対処の仕方、退場宣告、などプロ野球審判として知っておかなければならないいろはを一通り学ぶことが出来るカリキュラムになっています。


ジムの審判学校以外にもジョー・ブリンクマン、ハリー・ウエンドレステッド、のMLB現役審判が運営する審判学校があったのですが、1991年に行った、ジムの学校への体験ツアーでの”感触”が決めてで、ジムの学校へ入学したのでした。その時の”感触”とは、当時ジムのh学校でチーフ・インストラクターを務めていたダン・ウィッカムという3Aで時々メジャーの試合にも出場していた審判員の一言が大きかったことをよく覚えています。


彼は、アメリカ人にしては背丈も175センチぐらいと小さく、その体型のハンデを吹き飛ばすだけの動きの良さ、メカニクスのシャープさ、抗議への対応時の”強さ”を持っている僕にはお手本になるような素晴らしい審判だったのです。その彼にツアーで行ったときに僕は聞きました。「日本人で身体の大きくない僕でもアメリカでプロになることが出来ますか?」その問いにダンは、「問題ないと思うよ。キミのセンスなら出来ると思う。」と応えてくれました。この一言が今現在の僕があるのだと思っています。


このようなきっかけでジム・エバンス審判学校に翌年入学することを心に決めて帰国しました。人生の中にターニング・ポイントになる言葉や出会いというのがあると思いますが、この時の言葉と出会いは、僕にとっては、間違いなくターニング・ポイントになったと今確信しています。

Inst_5.JPG

2015年01月09日

初めての審判学校(1992年)

前年にジム・エバンス審判学校に体験入学し、予定通り1992年1月に審判学校に正式入学しました。といって特別に条件は厳しいわけではありません。入学の条件は、高校卒業程度の学力を証明するもの、矯正視力が1.0以上、審判活動するうえで必要な健康な身体、とこのぐらいの条件だったと思います。もちろん、国籍は、問われません!


前年も一緒に体験入学した名古屋の鬼頭修さんと一緒に留学しました。鬼頭さんと一緒だったので。どれだけ心強かったか。宿舎での部屋も一緒だったので、起きてから寝るまで審判のことだけ考えることができる環境に自然になっていました。さらにラッキーだったのが、僕がこの数年前に受験したパリーグから若手審判4名をこの時に研修の為派遣していたのでした。日本人が総勢6名、ジムも気を利かせて通訳(ジョン・ラーセン)を雇ってくれていました。英語のことが一番不安であっただけに精神的にすごく楽になったことをよく覚えています。


そんな好条件の中、審判学校が始まりました。覚悟はしていましたが、ここにいる100人ほどの生徒たちは、ほとんどがメジャーリーグ審判を目指しているのです。始めから全てが競争でした。移動の際は常に駆け足、少しでもライバルより先に行ってインストラクターに自分を印象付けようと皆必死です。こんなところで遠慮なんかしていたら自分だけ残されてしまいます。go-stop-call の練習などでもだんだん駆け足から全力疾走に近いぐらいになっていきます。人生の中で、こんなにあからさまな競争の中に入ったのは初めての経験でした。でも、なぜかそのような環境下にいることを楽しんでいる自分がいました。こんなところからも審判学校では、これから先長い間続くメジャー審判への競争を生き抜いていけるだけの適性があるかどうかを、この審判学校で知ることが出来るのです。


そんな質資が自分にもありそうだと知ることが出来た、そんな初めての審判学校スタートだったのです。

AA_Photo_11.jpg

2015年01月11日

初めての審判学校(1992年)#3

審判学校では、初心者でもプロの審判として最低限知らないといけないことをすべて教えてくれる場所です。マスクの持ち方、つけ方、外し方、インジケーターの使い方、プロテクターなどの道具のつけ方から教えてもらえます。


マスクのはずし方は、特に大切です。初心者の時にどのように覚えていくかでその後の審判人生に影響を及ぼします。最初に正しく教えてもらうことが肝心なんです。一度癖がついてしまうとそれを直すことは容易ではありません。そういった意味もあり、我々NPBもアンパイアスクールを一昨年から開校しました。


審判学校の1日は、まず朝8時から11時頃まで教室で座学です。ルールの講義は、ルールブックお1章から9章まですべて学習します。ルールの講義は9章から始まります。9章は「審判員」という項目です。やはり審判として知っておあkなければならない、審判員にとってとても大切な項目だからです。


2人制のフォーメーションについても毎日座学で勉強します。その日にグランドで行うフォーメーションを中心に1日に数ケースについて学習します。1日に必ず1つ宿題が出されて、翌日朝提出します。一死走者なし、打者が左中間に長打を打ちました。走者が三塁に進塁しようとしましたが、三塁でアウトになりました。など状況を出題されます。その際に塁審と球審がどのような事を行うのかを図と文章で説明するのです。この一日一日の積み重ねが2人制審判を習得する上では大切なことなのです。


座学の後は、11時頃から12時ごろまでグランドでトレーニングをしてランチタイムになります。座学の時間は、我々日本人にとっては英語がわからないので苦痛な時間でした。通訳の方も同時通訳のように全部訳してくれるわけではないのでほとんどわからない英語を想像しながら聞いているという感じです。そんなわけでグランドに出ると生き返ったような感じがして、とても楽しみだったのです。

AA_Photo_2.jpg

Calendar

2015年02月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

カテゴリー