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2011年06月 アーカイブ

2011年06月01日

オクラホマシティ

メンフィスから7時間かけて、
昨日の試合後、車でオクラホマシティに移動して
きました。


ここオクラホマシティは、オクラホマ州で
一番大きい都市です。
1995年4月にオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件
があり、皆さんの中にもこの都市の名前を
記憶されているかたも多いと思います。


地図で見ると大体アメリカの真ん中に位置しています。
メンフィスは、黒人が多いところでしたが、
オクラホマシティは、白人が多いところのようです。
昨日の車での移動中に休憩で外にいるときに
見た夜空は、それは素晴らしい星空でした。
あれだけ多くの星は、東京では、まず見ることが出来ないでしょう。
そのぐらいきれいな星空でした。


そんなオクラホマシティには、
ヒューストン・アストロズ傘下の
オクラホマシティ・レッドホークスがあります。
この地で、今日は懐かしい人に会いました。


その人は、昨年まで同じAAAリーグで審判を
していたJohn Brammer です。
彼は、僕のスプリング・トレーニングのクルーチーフ
だった人で、今年からこのチームの
ベースボール・オペレーションという部門のチーフ
を務めているようです。
球場に勤務しています。
今日の試合前に再会できました。


審判の仕事とは違うのかもしれませんが、
審判をやっているときと同様、生き生きとして見えました。
やっぱり野球が好きなんでしょうね。


一生、野球に関わって生きていけるということは、
とても良いことですよね。
僕も一生野球に関わっていけるように
頑張りたいと思います。

2011年06月03日

フライング・スタート

先日、僕が球審を務めた試合で、
こんな事がありました。


9回の表で、ホームチームが3点ぐらいリード
していました。1死走者2,3塁で、
打者は、右中間に深いフライを打ちました。


両走者ともタッグ・アップで進塁しました。
僕は、球審だったので、
全体を見ていました。すると、2塁走者が
何やら怪しい動きをしていたのが目に止まりました。


走者は、一旦、1塁方向へ戻って、
野手が捕球するタイミングを見て、
ゆっくりと走りながら3塁へスタート
を切りました。


よくいわれているフライング・スタートは、
3塁走者が、レフトポール側から勢いをつけて走りだし、
ちょうど捕球の時点でベースを踏んでいくような
かたちです。


今回の場合は、1塁方向から塁を踏んで方向を変えながら
のフライングなので、あまり勢いがついていないように見えました。
通常、フライング・スタートの場合、
アピールなしで、審判が即アウトのコールをします。


なので、この日のケースは、
もしフライング・スタートとコールしたならば、
捕球して2死、フライング・スタートで3死となり、
3塁走者の得点は認められないと考えられます。


僕は、2塁走者のタッグ・アップを見る当該審判では、
なかったので、宣告しませんでしたが、
誰も何も言わず、抗議もありませんでした。


関心したのは、走者は、3塁側にリードを取っていましたが、
しっかりと2塁ベースを踏んで1塁ベースよりに位置取り
していました。この辺りは、野球選手の本能なのでしょう。


いずれにせよ、変なことはしないで欲しいというのが、
我々審判の本音です。

2011年06月04日

パーソナル・ディ

オクラホマ・シティでの4連戦を終えました。
明日の朝、アイオワ州デモインに飛行機で移動です。
デモインでの4連戦には、
カレン・レビィ審判は同行しません。

これは、マイナーリーグでは、唯一我々のPCLだけに
ある”パーソナル・ディ”と呼ばれる
4日間の休暇制度を使って休暇で自宅に帰るからです。


今シーズン、僕のクルーでは初めてのケースです。
ちなみに僕は、家族を呼ぶ予定にしている
8月7日~10日まで、この休暇を取る予定です。


その為、明日からの4連戦は、
僕とチーフ、そして地元のアマチュア審判とで
仕事をします。
アマチュア審判のかたは、球審をしないので、
僕とチーフが1日おきにやることになります。


お互い様なので仕方ないのですが、
今日球審をした僕は、
中1日で球審を2回やることになります。
2人制審判時代(シングルAまで)に戻った気分です。


気温もだいぶ上がってきました。
今日の試合で56試合を終えました。
もうすぐ半分が終わります。
ここが踏ん張りどころかと思うので、
気合を入れて頑張ります。
勿論、楽しみたいと思います。

2011年06月06日

こんなルール

”追い越しアウト”というルールがあります。
例えば、走者1塁で、打者がライトフライを打ちました。
通常走者は、ライトが飛球を捕ったら、
一塁へ戻って、2塁へ行くのであれば、塁を踏んでから
でないと2塁を狙えません。
なので、1塁方向へ戻ります。


その時、打者走者は、お構いなしに1塁をオーバーラン
して、2塁を狙います。ここで、”追い越し”が起こる
ことがあります。ライトが打球を捕球すれば、追い越し
にはなりませんが、もし、ライトが打球を落とせば、
打者走者が、前位の走者を追い越したことになり、
打者走者がアウトになるというルールです。


それともう一つ、コーチが肉体的に走者の走塁を援助した
場合にアウトになるというルールがあります。
2塁走者が打者のヒットで、本塁へ突入するようなときに、
コーチが身体を張って突入を阻止した場合などが、
これに当たります。


今年の4月ごろにMLBでこんなプレーがあったそうです。
状況は僕もよくわかりませんが、前位の走者が、打球が
捕球されたと勘違いして、もともといた塁へ必死に戻ろうと
していました。後位走者は、捕球されていないのを確認
していたので、次の塁へ進もうとしていました。
ここで追い越しが起こりそうになります。


そんな状況で、行為の走者が身体を張って、前位の走者が、
自分を追い越さないように止めたそうです。それにより、
追い越しが妨げたのです。


コーチは、身体を張って走者の走塁を助けることが
できないとルールに明記されています。しかし、
走者に関しては、他の走者の走塁を身体を張って
助けるということに関して、明記されていません。


僕の師匠のジム・エバンスに確認しました。
彼も、「この件に関しては、ルールには明記されていない。
今のところの解釈では、走者は、体を張って、他の走者
を助けることが出来る」。と言っていました。


そして、こんな例を挙げてくれました。
かなり昔のことですが、大学野球でのことです。
走者1塁で、右中間のいちばん深いところに打者が
長打を打ちました。ランニング・ホームランになる
ような打球です。1塁走者は、3塁本塁間で、
突然、心臓発作を起こして、倒れたそうです。
後から来た打者走者は、それを見て、
追い越すことができないので、何とその走者を
抱えて本塁へ向かったそうです。
そして、追い越しにならないように注意しながら
順番に本塁を踏んだそうです。


ちなみに心臓発作で倒れた走者は、あいにく、
亡くなっていたそうです。『走者が死体を運んでホームイン』
ということで大変話題になったそうです。
この例から、走者は他の走者を身体を使って助けても
良いという解釈を取っていることがわかります。

2011年06月07日

ハーフ・スイングの宣告 Check Swing

昨日日曜日のデーゲームは、
地元のアマチュア審判のジョー・ネルソンさんと
一緒に審判をしました。
僕が、球審、バリーが1塁、ジョーが3塁でした。


彼は、ここアイオワでの試合で、
審判が必要になると、ほとんどの試合を
手伝ってくれているようです。
本職は、小学校の校長先生です。
ここアイオワでは、もう小学校は、夏休みに入っていて、
彼も休みなのです。
日本のように夏休み期間中に学校に行く必要は、
ほとんどないそうです。
羨ましいですよね。


その試合では、こんなことがありました。
右打者のハーフ・スイングの判定を、
僕が球審から”スイング”の宣告をしました。
左手で打者を指さして、
”Yes! Yes! ”と数回連呼しました。


打者は、不満だったようで、
聞いて、塁審に聞いてくれと文句を言ってきました。
僕は、「これは、球審の仕事で、自分が宣告したんだから
聞けない!」と強く言いました。
するとその打者は、「バリーは、No と言っていたじゃないですか!」
と言ったので、「球審がリクエストしない限りは、
絶対にそんなこと言うわけないじゃないか!」
と強く応えました。


打者は、「そんなこと言ったってバリーはNoって言ったって!」
と引き下がりません。そうなんです、僕は、打者を指さした
のですが、少し1塁方向を指していたようで、
彼が、”No! ”と宣告してしまったようです。


僕が、スイングと宣告した以上、
その判定は、変わりませんが、
何ともバツが悪い結果になりました。


打者には、バリーが”振っていない”と判定していた
ことをわからなかったことに対して謝りました。
すると、「ゴメンという一言で、気分がよくなったよ」。
とすんなり引き下がっていきました。


いずれにしても、これは、審判間の
コミュニケーションのミスでありうことは
間違いありません。
球審として、指の指し方も考えなければいけないと
反省させられました。

2011年06月08日

フライング・スタートについて

先日、フライング・スタートについて
ブログ上で書かせていただきましたが、
どうやら、僕の記憶違いだったようです。


僕は、このフライング・スタートをした走者
に対して、即審判がアウトを宣告すると
思い込んでいました。
何かの文章で、このアウトは、アピール・アウトではなく、
審判がフライング・スタートだと認めた場合に
アピールをまたずにアウトを宣告すると
書いてあったと記憶していたのですが、
どうしても見つかりません。


ジム・エバンスや富沢さん、日本野球規則委員長の
五十嵐さんなどに確認してみましたが、
皆、そのような根拠になるような書類や文書はなく、
アピール・アウトといわざろう得ないという回答でした。


なので、皆さんに謝らなければなりません。
フライング・スタートは、守備側チームの
アピールを待たねば、アウトには宣告できない
と覚えておいてください。


現在のところ、日米ともこの見解であると思うので、
そのように覚えておいてください。
混乱をさせてしまい申し訳ありませんでした。
もっともっと勉強しておきます。

2011年06月10日

休日ー In Colorado Springs

昨日の今シーズン3回目の休日は、
移動日込の休日でした。
朝6時の飛行機でアイオワ州デモイン
からコロラド・スプリングスまで
の移動で、昼前に到着し、早速予定していた
師匠ジム・エバンス氏に会いに行ってきました。


1年ぶりだったのですが、
すごく体調もよさそうで元気でした。
自宅で、奥様の手料理をご馳走なったり、
地下にあるジムの特別室で、
ビリヤードを教えてもらったり、
車で、彼のホームタウン、キャッスル・ロック
を案内してもらったりしました。


いろいろな話をすることができました。
昔の話もいろいろ思い出させてくれます。
とにかく、彼のお蔭で現在の僕があるのです。
1992年に英語もできない僕が審判学校に
入学し、プロ審判にしてくれたのは、
すべて彼のお蔭なのです。


ジムに会って、彼はもちろん、
もっともっといろいろなかたがたに
感謝しなければいけないんだということを
自覚させてもらいました。


ジム・エバンス先生、本当にいろいろと
有難うございます。
そして、お世話になっているすべてのかたがたの
に感謝し、ご恩に報いるように頑張ります。


お陰様で元気に頑張っています。
本当に有難うございます。

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■恩師ジム・エバンス氏と。

2011年06月11日

キャッチボール

今日の昼間にチーフのバリーと
ホテルの駐車場でキャッチボールをしました。


オフに草野球は、たまにやっていますが、
キャッチボールをシーズン中にするのは、
10年ぶりぐらいです。


パリーグで審判をしているときに、
日本ではほとんど、ファールボール後に球審が
ボールを投げて投手へ返します。
その投げる姿があまりに不細工だったので、
当時の審判指導員だった前川さんに
試合前にキャッチボールさせられました。
それ以来のことです。


アメリカでは、日本のように多くの機会に
投手へ返球することはないのですが、
それでも、投げなければいけないことはあるのです。


しっかりとした返球をして、
選手達に一目置かれるように頑張ります。

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■コロラドの気候は、最高に気持ちが良いです。

2011年06月12日

最も重要な3試合

今日、11日の試合で、
今シーズン最も大事な査定3試合を
無事に終えることができました。


最後のシーズンと覚悟して臨んでいるシーズンで、
査定されている試合が重要なのは当たり前
なのですが、ここコロラドでの査定は、
僕にとっては、本当に重要なのです。


昨年のNHKの番組を観ていただいたかたは、
知っていると思いますが、
僕の昨年の評価は、ここコロラドでの
クリス・ジョーンズ氏の査定で終わったようなものです。
球審時の投球判定時に頭が動くという指摘を受けました。


今年の挑戦に際して、クリス・ジョーンズ氏の査定時に
昨年の欠点を完璧に修正して、素晴らしい球審を
見せることが一番の目標でした。
その日が、今日の試合だったのです。


僕は、今年の挑戦を決めてから、
このコロラドでの査定を一番大事だと踏んで、
それに向けて頑張ってきました。
なので、周りの仲間にも言わなかったですが、
この試合に賭けてきたので、その分、プレッシャー
もかなりのものがありました。


結果は、自分の持っている力は十分出し切った
という満足感で溢れています。
自己評価でも今シーズン1番の出来だったと思っています。
ジョーンズ氏の評価もすごく良かったです。
何1つ、悪いところを指摘されませんでした。


査定のある試合だけ気合を入れるのでは、
勿論、だめなことは十分理解しています。
今回のことで得た”自信”を明日からのすべての
試合で発揮して、最後までメジャー目指して
頑張っていきます。

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■これは、オクラホマ・シティでの球審時です。
 今年、完成させた僕の球審時の構えです。
 ジョーンズ氏も気に入ってくれました。

2011年06月15日

BELGARD UP900 チェスト・プロテクター

先日のもっとも大事な3試合のうちの、
特に大事だった球審の試合時に、
投手の投げた直球が僕の身体に直撃する
というアクシデントがありました。
このアクシデントを無事に乗り切れたのも
Belgard UP900 プロテクターのお蔭です。


このプロテクターは、別名”平林岳モデル”
プロテクターとも言われています。
ベルガード社の永井さんとお知り合いになり、
工場に訪問させてもらった時に、
職人さんに直接、「こんなプロテクターが欲しい」!
とご要望させてもらい、それが形になった商品なのです。


今回の出来事で、よりその信頼が深まりました。
投球が直接当たるということは、
想像以上に衝撃が激しいのです。ファール・チップなどは、
通常、バットやミットなどに当たってから審判に当たります。
何にも当たらず150キロ近くの投球が、
身体に直接当たるのは、想像以上の衝撃なのです。


当たった瞬間、驚いたのと同時に、大丈夫かな?
思いました。しかし、正直、全く衝撃を感じませんでした。
勿論、”あざ”もありません。これは、ベルガードさんの
プロテクター衝撃吸収技術能力の高さを証明したことに
なります。


長年の経験から、数種類もの衝撃吸収材を何層にも及んで
あの軽いプロテクター本体に織り込んであるのです。
世界のどこを探しても、このようなプロテクターは、
ないでしょう。


ちなみにこの試合の後半、ファール・チップが僕の肩部を
直撃しましたが、この時も全く当たったことを感じさせられ
ませんでした。1塁ベース・コーチが、塁審のケレンに、
「タケシは、今日2度もあんなに強い投球や打球が当たったのに
びくともしていない。タフな審判だ」。と言っていたそうです。


これも全て、ベルガードさんのプロテクターのお蔭です。
本当に有難うございます。
これからもよりよい商品を開発していただきたいと思います。

Thank you for saving my life!

2011年06月16日

最後の一歩

先日、僕が1塁塁審をやっているときに、
審判をやっているかたには、当たり前のように
よく起こる、こんなプレーがありました。


打者走者(右打者)が内野ゴロを打って、
1塁へ走る際には、1塁と本塁の中間点より、
1塁ベースよりを走る際には、ライン上か、
ファール地域にある3フィート・レーンの中を
走るというルールがあります。


勿論、すべての内野ゴロではなく、大体
本塁とマウンド、そして1塁ベースを結んだ
三角地帯で打球を処理した場合だけですが、
このあたりから送球された場合には、
打者走者がもし、フェア地域を走っていると、
走者が送球を邪魔して、1塁手が守備できなくなります。
なので、このような場合に、送球が
打者走者に当たった場合、守備妨害を宣告します。


ただし、例外があります。これは、比較的
最近のルール改正で新たに組み込まれたのですが、
1塁ベースを踏むための、”最後の一歩”で
送球に当たった場合だけ、守備妨害にならないというものです。
これは、ベースは、フェア地域に置かれています。
なので、どこを走ってこようが最後にベースに着くときには、
フェア地域に入ってしまうからです。


僕らが、遭遇したプレーは、この”最後の一歩”で
送球が打者走者に当たったというプレーでした。
でも、僕たちは、これでも守備妨害を宣告しました。
なぜかというと、この場合にもさらに例外があり、
打者走者が、打った後に、ずっとフェア地域を走る続けて
いた場合は、この限りではないという文章がついているのです。


まさにこの例に当てはまる状況でした。
ちなみにこのケースの判定は、
球審が行います。したがって、球審であったバリーが、
守備妨害で打者走者にアウトを宣告しました。


そして、案の定攻撃側の監督が抗議に来て、
結局、バリーに退場を宣告されるはめになりました。
これで、クルー3人とも、退場件数は、1回ずつ。
さて、シーズン終了時には、
誰が退場宣告王になっていることやら・・・?

2011年06月17日

Salt Lake City

ここソルト・レイク・シティは、2002年に
冬季オリンピックが開催された、
とても雪山が美しい地域です。
6月の今でも、山のてっぺん付近には、
雪が残っています。


昨日の試合前の昼間に、
オリンピック記念公園のある、
パーク・シティというところに、
チーフの家族と一緒に行ってきました。


この辺は、スキーシーズンになると、
凄く多くの人が集まるそうです。
今の時期は、そんなに多くの人はいませんでしたが、
観光客は、結構いました。
こじんまりとしていますが、すごくアッとホームな感じのする
良い街でした。


スキーのジャンプ台も見ましたが、
近くで実際に見ると、すごい傾斜で滑り下りてくることが
よくわかりました。
これでは、小さいときにスキージャンプを始めないと、
大人になってからでは、こんな傾斜を滑って空中へ飛び出し、
こんなに高いところから落下して着地するということが
いかに難しいかがよくわかりました。

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■スキーのジャンプ台です。雪がないと少し違った趣です。

バリーの家族とも今シーズン2回目に会いましたが、
息子のヘンリーは、会うたびに成長している姿に感動を覚えます。
前回よりもかなり英語をしゃべります。
もう、僕の英語能力を上回るのもすぐのようです。
(もう、抜かれているかもしれませんね!)

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■バリー家族です。

2011年06月18日

4時間かかった20分のフライト

昨日、ソルト・レイク・シティでの4連戦を
終えて、早朝、コロラド・スプリングスに戻って
来ました。


とても長~い1日になりました。それは、
SLCからデンバー経由でCSに入ったのですが、
デンバーで飛行機乗り換え時間が2時間
(これは予定通りでした)、飛行機に乗ってから
離陸するまでに2時間かかったのです。


それは、デンバー、コロラド・スプリングス周辺で
雷雨雲が発生して、飛び出せないという判断をしたのでした。
飛行機に乗って、一度動き出したのです。
でも、なかなか速度があがらないなぁと思っていたら、
やっぱり離陸しないで止まってしまったのでした。
そこは、ゲートではなかったので、
その場で1時間ほど待っていましたが、
結局GOサインが出ずに、ゲートへ戻ることになりました。


ほとんどの人は、一旦、降りて、トイレに行ったり、
食料を買いに行ったりして30分後に再び
搭乗となりました。


ちなみにデンバーとコロラド・スプリングスは、
とyても近いので、実質の飛行時間は20分程度です。
その20分の為に4時間もかかったのです。


ちなみに今日は、球審だったので、
試合前にホテルで昼寝をしようと思っていたのですが、
そんな時間は、無くなっていました。


このようなことがあるという経験をしたので、
今後は、しっかり想定内にいろいろな計画を入れて
立てていきたいと思いました。


良い勉強をさせてもらいました。
有難うございました。

2011年06月19日

ボールパークでプロポーズ

昨晩の試合前には、ちょっとした
イベントが行われました。
それは、アメリカではよくあるイベント
なのですが、演出が凄く凝っていました。


それは、球場で観衆の前でプロポーズする
というもので、僕も以前に何回も見たことがありました。
今回のプロポーズは、なかなか素晴らしかったです。


ハンナ・モンタナのお父さんである
有名なカントリー・ソング・シンガーが、
国歌斉唱し、ゲストの女性をエスコートして、
その女性がマウンドから始球式の投球をしました。
投球を受けるのは、防具に身を包んだ
小柄な男性でした。


この男性がプロポーズをする本人です。
そして、そのお相手が、始球式で投げた女性です。
この男性は、現役の兵隊さんで、予定では
数日後に、湾岸から帰国することになっていたのです。
なので、この場にいるということをその女性は、
全く予測していませんでした。


男性がボールを渡すために女性に近づいて行き、
その時に被っていたホッケー型ヘルメットを取りました。
”サプラーイズ!”
いるはずのない彼氏がそこにいたのでした。


そして、プロポーズをその場でして、
めでたく婚約が決まりました。


ちなみに球場で行うプロポーズのイベント、
99%は、女性の応えは、”Yes”です。
でも、ぼくは、一度だけ、”No”の応えを
見たことがありました。


球場全体が、”シーン”として言葉を失いました。
数秒の沈黙の後に、”You had a bad day!"と音楽が流れて
何とか雰囲気が和みました。


こんなアメリカのボールパーク。
皆さんもぜひ一度来てください。

2011年06月20日

Father's Day

日曜日(19日)の昨日は、父の日でした。
球場に着くと、グランドいっぱいにたくさんの
人々がキャッチボールをしていました。
父の日のイベントで、”親子キャッチボール”
をやっていたのです。


本当にグランドいっぱいに多くのお父さんたち
と子供たちが楽しそうにキャッチボールを
楽しんでいました。
このような試合前のイベントは、本当に素晴らしい
と思いました。


個人的には、子どもと一緒のこちらのお父さんたち
が羨ましく見えました。


その後、審判ロッカー室で着替えをしていると、
カレンが、カードの入った封筒を手渡してくれました。
中を開けると、"Happy Father's Day!" と書いてある
グリーティング・カードでした。
カレンとバリーからのメッセージが入っていました。


本当にうれしくて、涙が出そうになりました。
確かに、このクルーでは、年齢的に僕が
父親の役割をするべきかもしれません。
とにかく、父の日にクルーメンバーの優しい
心配りに感謝です。


ちょうどシーズンも半分が終ります。
もう半分72試合、このメンバーと一緒に
クルーとしてナンバー1を目指していきたいと思います。


Barry, Kellen 本当に有難う!

2011年06月23日

10人目の”サムライ審判”

6月20日にルーキーリーグのひとつ
Gulf Coast League が開幕しました。
そこには、僕以外の唯一日本人審判、
一木正興君が今年から、
マイナーリーグ審判としてのキャリアを
スタートさせました。


思えば、僕が一応日本人審判としての第一号でした。
その後、多くの日本人がマイナー審判として
アメリカでメジャーを目指していました。
今年からスタートしたこの一木君で、
述べ10人目になると思います。


平林、大東、内川、藤原、平林、
野中、井上、濱野、新出、一木


こうやってみると感慨深いものがあります。
まだ誰も日本人としてメジャーにいっていないのに
関わらず、これだけの若者が後に続いてくれて
いると思うと本当に嬉しいのと同時に
責任を感じます。


僕は、これらの若者たちと、
これからプロ審判を目指す人と達の為に、
UDCを設立したと言っても過言ではありません。
”若者たちが安心して審判に挑戦できるように”
という団体になりたいのです。


その為にもまずは、僕自身が、メジャーの舞台に立つ、
ということが重要なんですよね。
皆さんのご期待は、よくわかっているつもりです。
頑張ります。


そして、もう一人のサムライ審判、一木君にも
ご声援をお願いします。

2011年06月24日

ダブルヘッダーX2日

前半戦(72試合)が全シリーズ、
コロラドスプリングスの4連戦で終了しました。
この間、1試合も雨等で流しませんでした。


メンフィスで台風が来た時も、
試合の時間帯数時間は、降らずに予定通り
消化しました。


後半戦が始まって、2試合続けて
サスペンデッドゲームになりました。
その結果、今日と明日は、ダブルヘッダーという
ことになりました。


2試合とも2回まではやっているので、
両日とも、第1試合は、続きからになります。


今日も降雨確率が60%と高く、
どうなるかはわかりませんが、
このような状況になってみると、
天候のことを気にしないで済む試合のほうが、
楽だと思うようになります。


人間は、本当に都合の良いものです。
中止などがないときは、あれだけ
中止を望んでいたのに・・・。


2日間で4試合を消化するつもりです。
どうなることやら・・・。
頑張ります。

2011年06月26日

オールスター休み

ここAAAにもオールスター・ゲームが
あります。僕は、出場審判に選ばれていませんが、
嬉しいことがあります。
それは、オールスター休みがあるからです。


今年のオールスター・ゲームは、7月13日で、
その前後7月11日~13日がオールスター休み
になります。僕たちのクルーは、前日10日も休み
なので4日間の休みとなっているのです。
(その代り、9日の試合はダブルヘッダーです。)


この間、ほとんどの審判は、自宅に戻り、
家族や彼女と過ごすのです。
僕は、日本に帰るには4日間では、短すぎると
思って今までは、帰ることなど考えても
いませんでした。


でも、可能性を探って調べてみました。
するとちょっと前とは、違って帰ることが
出来る可能性が見えてきたのでした。


それは、羽田空港からアメリカ便が多く
出ていて、しかも”ビジネス便”なるものが
あり、早朝や深夜に日本を出て、
アメリカの早朝に着く便がたくさんあったのでした。


このような便を使うと2日と半日、
日本に滞在できるのです。


確かに、このような旅程で帰国することは、
かなり厳しいことです。
でもこの2日半だけでも、家族と一緒にいれることは、
僕にとってプラスになると判断して、
帰国することにしました。


どれだけしんどいかは、未経験なので
わかりませんが、やってみます。
メジャー審判でも、よく半日でも帰って
家族と過ごすということをよく聞きます。


きっとそれは、何者にも代えられない
パワーになるからに違いありません。


2011年06月27日

ボークのボブ・デビットソン

先日のMLBの試合をテレビで観ていたら、
ボブ・デビットソンが、球審をしていました。
彼は、ボークを見逃さずに厳しく取る審判として
こちらでとても有名です。


ボークを宣告するのは、とても勇気がいる仕事
のひとつです。アウトやセーフのように
答えがはっきりしているものではないからです。
自分がどのように投手の動きを見たか、
これだけが唯一の判断基準なのです。


MLBでは、今年からこのボークの判定が、
しやすいように内規をあらたに設けました。
”ボークの判定には、抗議が出来ない。
もし抗議をしたら退場となる。”
というようになりました。


これで何人もの監督が退場になっています。
それだけ、ボークの判定は、見た人間の判断
によるものなのです。


このボブが球審のこの試合では、
走者3塁で、投手の微妙な投球の始動動作の中断を
見逃さずにボークを宣告し、この得点が、
決勝点となり、1-0でSFジャイアンツが勝ちました。


素晴らしい宣告でした。
ボークを宣告するには、ルールに精通していること、
常に投手を注意深く観察する集中力、
そして勇気が必要なのです。


僕も頑張ってそのような審判になりたいと思います。

2011年06月28日

ローカル・スポーツバー

昨日は、Day Game だったので、
Kellen と地元のスポーツバー、”Water Falls"
に行ってきました。


滞在中のオマハは、昨年まではダウンタウンに
球場があったのですが、今年からは、郊外にあり、
我々審判も郊外のホテルに滞在しています。


そんな、何もないところなのですが、
凄く人が集まるスポーツバーを見つけました。
月曜日の夜ですが、ほぼ満席で、
現在オマハで行われている、野球の”全米大学野球
トーナメント大会”などを放映していて
大変な盛り上がりでした。


食べるものもとてもおいしく、
僕の大好きな”バッファロー・チキン・ウイング”
味のピザを食べたのですが、
これがまたとてもおいしく、初めての味わいでした。


なかなか日本にスポーツバーが根付かないようですが、
いつか必ず、地元の人々の社交場になるような、
スポーツバーが開けたらいいなぁと、また思ったのでした。


今日もデー・ゲームです。試合後は、アイオワまで
車で移動です。そして、明日は待望のOFFです。
しっかりと休みたいと思います。

2011年06月30日

野村監督退場のシーンを見て

野村監督(広島)の退場シーンを映像で見ました。
とても残念に思います。
日本でも最近は、アメリカの”ベースボール”
が浸透してきています。
でもまだ一番違う部分が、”監督の仕事”に対する考え方
であると考えさせられました。


スポーツである以上、ルールに従って行われるべきです。
アメリカでは、ここがとても重要視されています。
野村監督の行為は、その辺を全く理解していないと
しか言いようがありません。


あのように故意的に審判に暴力を振るうということは、
プロ野球の監督として、多くの人が見ている前で
行う行為ではないと思います。


アウト、セーフの判定に抗議はできます。
しかし、”抗議の仕方”は、ルールで定められているのです。
それを守ったうえで抗議しなければならないのです。
それに反する行為が退場となります。


野村監督は、僕と同じ1966年生まれです。
(学年は僕のほうが一つ上です。)
なので余計に残念です。


昔の日本の”野球”しか知らない年代のかたがたなら
ともかく、僕らの年代は、ベースボールのことも
情報が入ってきて、かなりのことをわかっている年代
だと思います。


アメリカでも、審判を激しい口論の勢いで、
突いてしまって退場ということはまれにあります。
ただ、あのように初めから審判を突くということは、
絶対にありません。
それは、”抗議”ではないと理解しているからです。


野球は、素晴らしいスポーツです。
ルールに従って行われているフェアなスポーツを
多くの子供たちに見せてあげてください。


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